2018
01.23

M&Aにおける双方代理リスク

M&Aの契約

双方代理リスクとは?

双方代理は原則禁止

双方代理は民法108条で原則として禁じられており、例外的に両当事者(本人)が事前に了解している場合にのみ許容されます。M&Aで会社売却を検討するセルサイドオーナー(売り手)は、双方代理リスクの存在をしっかりと認識し、本来、民法が禁じているような一方的被害者になることのないよう慎重に判断を積み上げることが重要です。

民法第108条(自己契約及び双方代理)
同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りでない。

双方代理が禁止される趣旨は、代理人の胸三寸でどちらか一方の当事者に有利な(そしてもう一方にとっては不当に不利な)契約を結ぶなどといったおそれがあるからである。これを利益相反というが、同じ民法108条の本文前段において自己契約が禁止されているのも同様の趣旨である。

たとえ当事者の承諾があっても利益相反が激しい場合には公序良俗に反する(第90条違反)ため無効であると考える立場もあった。しかし、2004年の民法改正においてその立場は無視される格好となった。

引用: Wikipedia

多くのセルサイドオーナー様はM&A初心者です。両手業者であるM&A仲介タイプの業務委託契約を締結するのであれば、その意味するところや含有されているリスクを正確に理解してから締結すべきであると考えています。両手タイプのM&A仲介しか相手にしてくれない場合を除き、まず、常時片手タイプのFA(フィナンシャルアドバイザー)に依頼して、比較検討しましょう。

双方代理でも問題ないという反論

意思決定や実行の代理権を付与される「代理」ではなく、単なる取次の「媒介」であるため「問題は全くない」という主張もありえます(不動産の両手仲介のロジックと同じ)。

しかし、通常、セルサイドは全くのM&A初心者であって、「M&Aアドバイザーからの助言を信じるか否か」という選択肢しかありません。

つまり、M&A助言は、「媒介」という軽い頼み事、嫌なら別の業者に切り替えればよい、という簡単な取引ではなく、「意思決定に重大な影響を与える実態」があり、「実際に会社経営権を譲渡した後、もしくは機密情報が漏洩流出した後で、元に戻すことのできない不可逆性の強い取引」なのですから、不要なリスクを負担することは賢明ではないでしょう。

双方代理業者(両手M&A仲介)のメリットはあるか?

当然、両手業者を選ぶ場合にもセルサイドにとってのメリットはあります。

  1. 当事者双方の間に立つので早いという点でしょう。(セルサイドにわかりにくい形で)バイサイドのメリットだけを優先しやすいので早く成立させやすいわけです。
  2. また、大規模な企業統合(合併等)の場合では、統合後の姿を双方が理解しながら交渉が進んでいくので、両手業者の方が、綿密な協議をしやすい点も両手業者を採用するメリットとして挙げられます。

しかし、巨大企業の統合ではなく、中堅中小企業の経営権譲渡の場合、もし、両手M&A仲介業者が、セルサイドのメリットを高めるため具体的なサポートという、「単なる媒介、取次以上のサポート」をするならば、事実上、双方代理(原則禁止)に近い重要な行為となってしまい、相手方(バイサイド)からのクレームにも直結してしまいます。両手M&A仲介としては、お得意様、リピーター、太客であるバイサイドのご機嫌を損ねるわけにはいきません。

そのため、両手M&A仲介業者は、本格的な、高度に専門的で、セルサイドにとって付加価値の高いサービス(事業や業界を深く理解した上での、M&Aストーリー創案、合理的なバリュエーション、金融や税務の専門的技術の駆使、クリエイティブなストラクチャリング、事前の改善・成長支援、シナジーストーリーの考案、事業計画の策定支援、フィナンシャルモデルの構築、魅力を余すところなく伝える詳細な開示資料の作成その他)は、原則として提供せず、最低限のサービス(一番簡単な同業への100%株式譲渡を強く推奨しながらの、媒介と事務のみ)しか提供しませんし、その前提で人材を採用し教育しています。

そこで、M&A業者が自らの金儲けや保身のために、単なる仲介(マッチング)に徹するのであれば、具体的なサポートが含まれることを前提とした成功報酬の料率テーブル(売却額に対して5%等)は明らかに過大になります(上場会社の株式売買委託手数料は無料に向かっています)。

さらに、両手報酬をセルサイドが自ら許容したのですから、一番大事な「M&A助言の成果」(いくらで会社が売れるか)についても、事実上、セルサイド本人が「大きく妥協しても、早くまとまるなら構わないという姿勢」を示したことと同様になってしまいます。

双方代理リスクへの根本対策

もしも、実質的に双方代理のリスキーな契約を締結しつつ、でも、リスク回避したいのであれば、セルサイドオーナーは、セルサイドだけが損をするという状況に陥らないよう、自らM&Aの専門知識を蓄え、M&Aのプロになっておかねばなりません。

しかし、会社経営に時間に追われる経営者が、最低7年の時間を要する「M&Aのプロ」になることは非現実的です(※FAとして一人前となるディレクターに昇進させるためには、最低7年程度の経験と広範囲の専門知識を要求するのが、グローバル・スタンダード)。

そもそも利害が一方に偏るリスクがない事案であれば、双方代理のリスクを気にする必要はありません(単なる事務処理の双方代理など)。しかし、M&Aでは利害が一方に大きく偏るリスクがあります。大いにあります。

会社売却は、相手選び、交渉方法、ストラクチャー等といった、「結果に大きな違いを生じさせる要素」が、複雑に絡み合って結実するものです。M&A取引に参加する複数企業が集合した時に「新たに創造される企業価値向上」こそがM&Aの本質です。その創造価値を、負担したリスクや貢献度合等に応じて、双方の取り分として振り分ける作業が、M&Aの交渉の本質であり、この過程で、大きな価格差が生まれるのです。M&Aに相場はありません。少なくともユニークな強みのある会社にとっては、相場などというものは無関係であり、やり方次第なのです。

具体的にどういうリスクがあるのか?

では、M&Aで会社を売却しようとするセルサイドオーナー様が、双方代理リスクのある契約を締結したらどのような問題が生じるのでしょうか?

M&Aアドバイザーが仮に双方から報酬を得ることができるとしますと、当事者1または当事者2のいずれかにとって不利な条件で取引が成立してしまうというのが双方代理リスクでした。M&A取引では通常3人(または4人)の関係から結果が左右されることになりますね。

つまり、
■ 当事者1(バイサイド)
■ 当事者2(セルサイド)
■ 当事者の代理人に近い役割をする業者(M&Aアドバイザー)
ということです。

さて、具体的な双方代理リスクを確認してみましょう。

共謀リスク

M&Aアドバイザーは、当事者の片方もしくは双方から最大の報酬を得ることを目的として活動しているはずです(綺麗事を言う業者もいますが、それなら公益社団等にして、利益ゼロでサービス提供しないとおかしい。ましてや上場をしたり資本グループを形成するのはもっとおかしい。)。

そして重要なのが、「M&Aアドバイザーは、当事者1と当事者2の双方の内情や真意を知りうる立場にある」「M&Aアドバイザーにとって得になる方のメリットを優先できる」ということです。

例えば、少しでも安く買いたい当事者1が、自分に有利な条件で取引を成立させたいとしたら、どのようなことを考えるでしょうか?「本来5億円の価値のあるターゲット企業(売り手企業)を4億円で買収できるように話をまとめてくれたら通常5%の報酬のところ上乗せして10%を成功報酬として支払おう」と当事者1がM&Aアドバイザーに提案することも可能ですね。

M&Aアドバイザーとすれば、セルサイドの利益に忠実に、5億円で成立させて(5億円×5%=)2,500万円+(5億円×5%=)2,500万円=5,000万円を目指すよりも、当事者1の希望に沿うように当事者2を説得(安値誘導)して(4億円×10%=)4,000万円+(4億円×5%=)2,000万円=6,000万円を目指したほうが実入りがよくなります。1,000万円も報酬額が増加しました。

当事者1としても、5億円+2,500万円=5億2,500万円の買収コストを負担するよりも、4億円+4,000万円=4億4,000万円の買収コストで済むので安く買収できたことになりますね。つまり、8,500万円も節約できたことになります。

当事者2だけが、5億円-2,500万円=4億7,500万円(税前)で売れたはずが、4億円-2,000万円=3億8,000万円(税前)の売却対価しか受け取れないということになり、1人負けの状態になるわけです。なんと9,500万円もの損をしてます。

理由は、M&Aアドバイザーが当事者1と結託し、当事者2が得るべき価値を分け合った(9,500万円→1,000万円+8,500万円)からです。こういうことも可能になってしまうので、本来、双方代理は、法律で禁止されているのでしょう。

セルサイドが両手業者に依頼すると、このようなM&Aアドバイザーの旨味を作る隙を与えることに繋がります。双方代理リスクは、原則として避けるべきですが、避けられない場合には自己責任で管理するしかありません。

上記のケースで、当事者2だけが損をした理由としてもう一つの見方があります。

得をするのは情報強者であり、損をするのは情報弱者という見方です。これは、M&A業界に限らず、あらゆる業界で観察される定番パターンです。情報の経済学と呼ばれるものです。

M&A取引においては、通常、情報強者となるのはM&Aアドバイザーである業者もしくは頻繁に買収をしてきた当事者1(バイサイド)であり、M&A初心者である当事者2(セルサイド)は情報弱者となりやすい構造にあります。

M&A交渉は、始めのうちは「どんな会社がうちの会社を買ってくれるのかな?」と気楽に想像する余裕があるのですが、徐々に専門的で複雑な交渉に巻き込まれていきます。「自分にとって損となるような条件を飲むことを勧めてこないだろうか?」「言っていることは本当なのか?」という疑心暗鬼とも戦わねばならなくなってしまうのです。しかし片手タイプを雇っていない限り、絶対的味方は1人もおらず、孤立無援の中で、「友好的安値交渉」が爆進していくか、「疑心暗鬼」がどんどん増幅していきます。

また、株式会社の取締役でもある大半の当事者2(セルサイド)は、当然のことながら会社法上の善管注意義務・忠実義務を負い、高度な経営判断の1つとして、双方代理リスクを承知の上で契約したこととなります。そのため、自分の責任で契約締結しておき、後の祭りとなってから「こんなはずではなかった」は通用しません。高度な経営判断を持つことが会社法で予定されているからです。さらに、M&A仲介業者との契約を途中で解除しようにも、さまざまな解除阻止の仕組み(業務委託契約内のテール条項等)が邪魔をしてくるケースもあるのです。

共謀リスクへの対策

対策としては、
① 情報格差を埋める(セルサイドオーナー自身がM&A知識を勉強する)
② 自分と同じ舟に乗る業者と契約する(常時片手報酬のFAと契約締結する)
の2つが考えられます。

双方代理リスクが自分の損とならないように、双方代理リスクのないFA(Financial Advisor)にするか、双方代理リスクのあるM&A仲介にするかを決め、どちらが自分にとってベターかを慎重に検討すべきでしょう。

オススメの選び方は簡潔です。

「平凡で零細な会社」を売りたいときだけ両手M&A仲介を選ぶべき。

「それ以外(ユニークな強みがある、中堅中小規模がある、成長している等)」は絶対に常時片手タイプのFAに依頼するべきです。

前者のケースでは常時片手タイプのFAが業務を受託しにくい(業務が高度で量も多いわりに、平凡なターゲット企業だと高値追求のM&Aストーリーを見つけにくく、会社売却の規模も零細規模となると、さらに片手報酬、高度M&A人材の人件費も考えると、採算がまったく合わない)からです。

最終的にはセルサイドご本人が決断すべきなので、色々と比較することをオススメします。。

常時片手タイプのFAは、相対的に大変な仕事を受託するわりに報酬は一方からしか貰いません(倫理的におかしいと自分を律しているため)。そのため、まずはFAに業務を受託してもらえる可能性(規模の面で受けてくれるかどうか)を優先して打診し、検討してくれそうなFAのうちで知識・経験・実績や担当者との相性の問題がなさそうなFAを選びましょう。

それが難しい場合にのみ、両手であるがゆえに小規模案件でも採算を取りやすい両手タイプのM&A仲介にするべきでしょう。「料金が高いのにサービスが薄い業者」を選ぶのは「仕方ないときだけ」です。注意点は、「最低成功報酬」や成功報酬料率を掛け算する「計算基礎となる売却額の定義」です。

双方代理リスクの急増

目先の利益のみを優先し、素人同然の担当者を付けるタイプの両手M&A仲介会社が増えてきたようで、M&A仲介会社に対する損害賠償訴訟事案が増えてきたそうです。業界に詳しい弁護士に聞くところによると。

ビジネスチャンスととらえた弁護士事務所の中には、M&A仲介訴訟案件のサポートに注力をし始めた所もいるようです。セルサイド(売り手)が両手M&A仲介会社を訴えたくなる原因は、ズバリ、「売却価格が安すぎることが売却後に発覚。その原因が素人同然の業務内容、不誠実な情報伝達にあり、明らかな重過失」ということです。

双方代理であるがゆえの不始末ですね。

私見を述べさせてもらいますと、M&A助言という極度に重要な取引に関する助言を提供する業者については、両手報酬を原則禁止(セルサイドがM&Aのプロと認められる場合のみ両手報酬を許容)にすることに加え、さらに、免許制度を導入(業務の重要性を鑑みれば、医師、弁護士や公認会計士レベルの厳格な規制を採用するべき)するなど、重大問題を未然に防止する措置を検討すべき時期になってきたと思っています。

そもそもM&A取引は、定型化しにくく、会社売却価格に相場はありませんから、始める前の「予防」こそが大事なのです。定型化したいのは、楽して金儲けをしたいプロダクトアウト業者の都合です。このまま現状を放置すると、真面目に常時片手報酬で高度サービスの提供を続けている誠実で優秀なM&Aバンカーが業界から去ってしまいます

事後的に訴訟を起こしたところで、勝訴するための時間・費用は莫大で、勝てるかどうかも不透明ですから、司法に委ね、事後的にM&A市場の歪みを矯正することは期待できません。

零細企業の事業承継難片手契約の採算性の悪さ高度M&A人材不足が両手報酬契約を許容せざるを得ない背景なのであれば、契約締結時の「重要事項説明義務」とか、「ターゲット企業の売上規模等で両手報酬を厳格に禁止」等が考えられる現実的な対策でしょう。現実的に中堅中小以下の規模の事業オーナーに対して、高度な専門領域に関する知識を短期間で習得してもらう事は至難の業ですから、サプライサイドをある程度規制するしかないと思います。

☆ 人気記事ランキング ☆

    • M&Aバリュエーションの最高峰 | DCF法の基礎と限界
      まず、現実の値決め(腹から欲しい度)と理論的なM&Aバリュエーション(完璧なDCF法含む)は同じものではありません。 どんなに精緻なM&Aバリュエーションをバイサイド(買い手)に提示しても、実際の値決め(売却価格)が...

    • 知っておくべきM&Aプロセス(株式譲渡のケース)
      M&Aで一番多く利用されるスキームが「株式譲渡」です。これからM&A会社売却をしようとするセルサイドオーナー(売り手)は、株式譲渡の手続き(プロセス)の基本形だけでも頭に入れておきましょう。 M&Aプロセスの...

    • 銀行に評価される会社が高く売れるというのは本当か?
      M&Aという取引は、「ターゲット企業(売り手企業)の経営権を売買する取引」です。 経営権を具体化するのは株式ですから「株式(エクイティ)市場」に属するものであることが大前提です。 銀行ローンが属する「信用(クレジット)...

    • M&Aで最高値で売る義務「レブロン基準」とは?
      今回は、M&Aで会社経営権を第三者に譲渡する場合に「堂々と最高値での会社売却を目指してよい理由」をご説明します。 また、この当然の権利が失われやすい背景をご説明しつつ、とはいえ、現実問題として、相手が納得しないとお金は出てこ...

    • M&Aにおける双方代理リスク
      双方代理リスクとは? 双方代理は原則禁止 双方代理は民法108条で原則として禁じられており、例外的に両当事者(本人)が事前に了解している場合にのみ許容されます。M&Aで会社売却を検討するセルサイドオーナー(売り手)は、...

    • M&A会社売却の破談リスク:COC条項とは?
      チェンジオブコントロール条項(COC条項:Change of Control条項)とは、M&A会社売却を実行することで、経営権(支配権:Control)が、今までのオーナー(売り手:セルサイド)から、第三者(買い手:バイサイド)に...

    • 会社の売却理由として「良い理由」と「悪い理由」
      今回は、M&Aの目的を「好条件での売却」に設定する場合の売却理由として、どんな理由が「良い理由」、どんな理由が「悪い理由」に聞こえやすいか、そして、売却理由の聞こえ方次第で「創業者利潤にどんな影響」が生じるのか、を説明させていただ...

    • 投資銀行の肩書って意味不明ですよね
      投資銀行では、若い青年なのに副社長(ヴァイス・プレジデント)などという肩書を持つ人がたくさんいます。副社長よりもディレクターの方が偉いというのも日本人としては不思議な感覚です。 今回は投資銀行のタイトルの上下関係と個々タイトルに求めら...

    • 問題になりやすい「のれん」。実は全企業の味方。
      暖簾(のれん)とは、企業が苦労して築いた競争優位の証です。 「企業価値を最大化しよう。」「上場株式の株価を上げよう。」「お客さん満足度(CS)を向上しよう。」「従業員の満足度(ES)を上げよう。」 これらは通常「良いこと」とされます。 ...