2019
09.21

M&Aアドバイザー豆知識:売り手FAはわかるけど、買い手FAって何?

M&Aのチーム管理

伝統的なM&Aアドバイザーの形は片手FAです。昔も現在もこれからも、理想的なM&Aアドバイザーは片手FAです。

今回は、セルサイド(売り手)にとってイメージが湧きやすいセルサイドFA(売り手FA)と、もう1つのFAであるバイサイドFA(買い手FA)について、簡単に役割分担を説明したいと思います。

この記事を読んでいただくと「M&A会社売却において、いかに事前準備が重要か、事前準備を怠けることがいかにリスキーか」を理解いただけると思います。

M&Aアドバイザーの基本的役割

M&Aアドバイザーとは、本来、『クライアント(セルサイド又はバイサイド)が予定しているM&A取引に関係する各種ニーズを実現し、不測の損害を回避するために努力し、その貢献に対する報酬を受領する人たち』のことを指します。

そのため、狭義のM&Aアドバイザーは、当然にして、「自らが努力する立場(セルサイド又はバイサイド)を事前に明示」します。

つまり、片手FA(Financial Advisor)だけが、本来のM&Aアドバイザーの役割を全うする人たちと呼べることになります。

ちなみに、両手M&A仲介業者は、伝統的な意味におけるM&Aアドバイザー(クライアントの「満足最大化」を目指す高度プロフェッショナル)ではなく、案件の「成立」を目的とする媒介者であるため、今回のテーマでは無視します。

M&A当事者間の交渉は、主張が対立しやすい要素が数多く含まれ、交渉結果のインパクトが大きく、一方で交渉後の協力関係も維持しなければならない、という「ややこしさ」が含まれる、多層多重複雑・時間的条件分岐的構造を持つ点が、特徴の1つですから、セルサイド本人(オーナー)が前面に立って交渉をすると、色々と不都合が生じます。

そのため、当事者の代わりに「言いにくいこと」を言ってもらったり、「聞きにくいこと」を聞いてもらうために、「当事者の代弁者」が必要で、この役割の最重要パートを担う人こそが片手FA(M&A関係の専門知識が不足するFAの場合、弁護士・会計士・税理士等がサポートする場合もあります)となります。つまり、クライアント(セルサイド又はバイサイド)の損害を回避し、利益を最大化しようと努める人たちというわけです。利害対立がある以上、中間はありえないのですから、どちらかサイドのために働くわけです。

セルサイドFAの基本的役割

セルサイドオーナー(売り手)のために働く片手FAが、セルサイドFAです。セルサイドFAの基本的役割は、バイサイド(買い手)候補探し条件交渉サポートです。

ターゲット企業(売り手企業)の内容を徹底的に精査し、あらゆる専門知識タイムリーな機会を組み込んで、セルサイドのニーズを最も充足するであろう最適プラン(M&Aストーリーやストラクチャリングプラン)を立案し、実行する能力を持つのが、優良セルサイドFAの最低必要条件となります。

例えると「真っ白いキャンバスに絵を描く」「その絵を実現させる」がセルサイドFAのミッションです。

理論的アプローチに力を入れるセルサイドFAもいれば、とにかく足で稼ぐセルサイドFAもいます。

外資系投資銀行の花形部署と言われていたのがM&A部隊ですが、③理論+実績について、非常に幅広い領域に関する知見、最高品質の仕事を要求され、しかも仕事量も膨大、献身的に顧客のために働く姿勢が高く評価されていたのだと思います。

このように、セルサイドFAはイメージしやすいと思います。

問題はバイサイドFAです。一体、どんな人たちがどんな仕事をしているのでしょうか?

バイサイドFAの基本的役割

バイサイドFA(バイサイド候補の利益最大化、損害回避のために働くM&Aプロフェッショナル)の立場で仕事をする人もいます。

大きく分けると、①セルサイドFAが探してきたバイサイド候補が雇うM&Aアドバイザー、②セルサイドFAが狙う特定のバイサイド候補とのつながりが強くセルサイドFAに頼まれて特定のバイサイド候補に打診するM&Aアドバイザー、③セルサイドFAにバイサイド候補を探索する能力が乏しく、バイサイド候補を積極的に探すM&Aアドバイザー、と3種類に分けることができます。

①が本来の姿です。②と③はリスクを伴う場合もあるので、セルサイドオーナーとしては要注意です。

①セルサイドFAが探してきたバイサイド候補が雇うバイサイドFA

この場合、バイサイドFAは、「バイサイド候補がターゲット企業を買収するかどうかを検討するための作業」を遂行するために雇われた、バイサイド候補の「経営企画部付け短期高級派遣社員」のような役割を担います。

つまり、事業戦略、会計、法務、労務、税務、資金調達など、M&Aで検討すべき範囲は広く、ターゲット企業に一定の規模や複雑さがある場合には、短期間で結論を出すため、M&A関連知識を有する人が最低数名は必要となります。しかし、現業で忙しい経営企画のエース達を、M&A検討のために半年間も割くことはできません。そこで、バイサイド候補が妥当と思われる組織に声を掛け、バイサイドFA業務を委託するわけです。

このケース①ですと、会計系コンサル、戦略系コンサルのM&Aアドバイザリーチーム、または気心の知れた金融機関(銀行等)のM&Aアドバイザリーチームがアサインされることが多いでしょう。

この場合、セルサイドFAは、バイサイドFAがどこの誰かを事前に知りませんし、セルサイド本人も同じタイミングで知ることになります。

ところで、セルサイドオーナーの立場上、特定の組織がバイサイドFAに就任する事態が困るケースもあると思います。

特定のバイサイドFAを拒絶する権利をセルサイドが持つことは可能なので、セルサイドFAと相談して決めてください。機密情報の開示者が、情報受領者を選択することができるのは当り前の権利ですから、気にする必要はありません。

②セルサイドFAが狙うバイサイド候補への打診をセルサイドFAから頼まれたバイサイドFA

セルサイドFAは、ロングリスト(可能性がありそうなバイサイド候補の絞り込み前のリスト)を作成し、ターゲット企業に関する知識を増やし、セルサイドのニーズを伺いながら、ショートリスト(絞り込み後のバイサイド候補リスト)を作成し、そのリスト上のバイサイドに限定して具体的な打診を行います(このステップを面倒と感じて「お任せ」にするオーナーもいますし、可能性を増やしたいので勝手に打診先を増やすセルサイドFAもいますが、機密情報漏洩リスク等を慎重に検討し、このステップを省略するのは避けましょう)。

セルサイドFAは、ショートリスト上のバイサイド候補のM&A意思決定者への打診をしたいという状況になりますが、めったにM&Aをしない、M&Aをするなら絶対君主の〇〇氏に打診しないと難しい、といった状況がしばしば生じます。しかし、このセルサイドFAは、この絶対君主への直接アポイントを取れる状況にありません。こういう場合に、この〇〇氏へのアクセスを外部者にお願いするケースがあります。

このケースですと、元金融機関エグゼクティブ等を筆頭にしたコンサル会社や、当該〇〇氏の会社のメインバンクのM&Aアドバイザリーチーム等が適任となります。

③セルサイドFAの代わりにバイサイド候補を探索する役割を任されたバイサイドFA

実は意外と多いと思われるのが、このケースです。

セルサイドFAが「実は買い手探索の能力がないのに、セルサイドM&A案件を受託した場合」や、「初めから仕事をする気もないのに、セルサイドFAの報酬を得ようとする場合」という悪質なケースも稀にあるでしょう。多くはセルサイドFAが提供する機能だけではバイサイド側が損をする場合に、なんらかの形でバイサイドに価値提供するバイサイドFAです。

このケース③は不動産仲介の関係にとても似ています。不動産仲介手数料は、法律で売り手3%・買い手3%と報酬の上限が決まってます。100億円の物件ですと最大6億円もの仲介手数料が見えていることになります。売り手側で5社、買い手側で5社、合わせて10社が登場し1社平均6,000万円の報酬、ということで、不動産仲介の横の連携で、売り手と買い手をマッチンングするわけです。不動産を買いたい人はたくさんいるけど、親しくしている人の数は限界がありますので、こういう仕組みになるわけです。

ところで、不動産はどんなに大きくても所詮はモノですが、会社はイキモノで、家族を抱える従業員がいます。機密情報を安易に競合企業等に漏洩してはいけない点で、売却情報の取扱いには特別な繊細さが求められます。そのため、不動産仲介と同じような感覚で動かれると困った事態に陥るケースもあるわけです。

ただし、セルサイドFAが真にふさわしいバイサイド候補に気づいていないケースもあるでしょうし、セルサイドFAの目論見が外れバイサイド候補が全滅、セルサイドオーナーもなんとかして売りたい、信頼できるバイサイドFAの人脈を借りるべき、というケースも考えられます。

この場合、セルサイドFAがどれだけの品質の仕事をしてきたかで、今のセルサイドFAの処遇を決めましょう

場合によってはセルサイドFAを交代させた方がよいケースもあるでしょう。今までのセルサイドFAは契約解除して、自分でセルサイドFAを探すか、別のセルサイドFAを紹介させ成功報酬を大幅カットすればよい、ということになります。

ここまで読んでいただいて、③パターンは、カメレオン的な動きになりやすいことが想像できるのではないでしょうか?

「できれば売り手と直接つながって、両手仲介として報酬を全取りしたいけど、売り手との関係構築は大変。それが無理な場合にも、案件を見つけられるセルサイド片手FAとの関係を維持して、バイサイドFAに収まりたい」というカメレオン的に立場を変えるM&A仲介業者が、独立系M&A助言業者の中に存在しています。

最初に相談する相手として、(事業・ファイナンス・M&A・会計・税務・法務・労務等)を備えているか、信用できそうか、相性がよさそうなM&A助言会社かどうかは、要チェックです。

つまり、さきほどのパターン②もしくはパターン③になりそうなら、セルサイドFAに全体統括プロモーター、もしくは鵜飼の鵜匠に例えられる役割をしてもらうことになります。

セルサイドFAに全幅の信頼を寄せられそうか、表面的なセールストークだけではなく、行動を伴って全力でクライアントのために働いてくれそうかを契約する前の段階で慎重にチェックすることが重要です。「契約さえ取れればよい。後は鵜匠として動けばよい。」という姿勢のM&Aアドバイザーに依頼すると、あちこちのM&A業者に案件情報が無造作に流れることになります。

一方「いざとなったら鵜匠にもなれる」なら問題は少ないと思います。弊社も、原則的に「バイサイドFAを使うことなく、できるだけコッソリと最高条件M&Aに仕上げること」を目指しますが、状況次第で、プロモーターポジションを併用することも稀にあります。

ターゲット企業の規模で区別すると整理しやすい

バイサイドFAには①から③のタイプがいるわけですが、ゴチャゴチャしていてわかりにくいと思います。そこで、ターゲット企業(売り手企業)の「規模(サイズ)」で区別すると理解しやすくなります。

ターゲット企業が大企業の場合

例えば、ターゲット企業が1,000億円の規模を伴う場合、セルサイドFAは、Goldman Sachs、Morgan Stanley等の外資系投資銀行(外資IB)がグローバルにバイサイド探しをします。

そして、外資IBから打診を受けたバイサイド候補は、具体的検討に入る際に、PWCやErnst Young等の会計事務所系コンサルや、三菱・みずほ等のメインバンク銀行、野村・大和等の主幹事証券の証券会社等をバイサイドFAとしてアサインし、バイサイドFAパターン①の仕事を依頼します。

外資IBが作成したInformation Memorandum(IM)や、ターゲット企業から開示された詳細資料(DD開示資料)等を基礎に、バイサイドが検討すべきあらゆる論点についての結論を出すための前捌き作業をするわけです。

バイサイドの弁護士・会計士・税理士・社労士等と協業して、短期間で問題の少ない結論に到達しなければなりませんので、広範囲な専門家としての能力が要求されるということになります。

1,000億円の規模であれば、1%の報酬でも10億円ですから、バイサイドFAとしても頑張り甲斐があります。買収金額が高い方が儲かるとなると利益相反になるので、バイサイドFAの報酬は固定額になりやすいですが、それでも億円単位の報酬を数カ月で稼げるわけで、悪い商売ではありません。

大規模案件のバイサイドFAは、「白いキャンバスに絵を描く絵描き」というよりは、「絵描き(セルサイドFA)が持ち込んできた絵画が贋作でないかをチェックする専門家」と言えるでしょう。

ターゲット企業が中小企業の場合

さて、買い手探しが簡単な巨大M&Aの場合は、外資IB等が世界中から数十社のバイサイド候補を探索すれば済むわけですが、中小企業を売却する場合にはそうはいきません。

バイサイド候補の選択肢、スキーム、その他もろもろ、可能性としての選択肢は無限にあり、一方で中小企業特有の問題を抱えたターゲット企業も多くあります。

そもそもバイサイド候補としても、弁護士・会計士等に支払うDD報酬だけで重いのに、さらに短期高級派遣社員を雇う余裕はなく、自分のところに優良案件情報を持って来てくれた功労としての報酬としての意味が大きくなります。

中小企業M&Aの場合、バイサイドFAの本来的役割であるパターン①は不要であるケースが多く、登場するとしてもパターン②もしくは③が多くなります。

特に、セルサイドFAが良い仕事をしている場合、つまり、事業の本質を簡潔に伝え、買収後ストーリーを見事に描いており、検証しやすい形で開示情報を準備していて、あとは専門家DD(弁護士等)を淡々とこなせばバイサイドが結論を出せる確信を持てる場合、バイサイドFAが登場する余地はなくなります。つまりバイサイドがセルサイドオーナーに払える予算が増えます。

頻繁に買収を繰り返す事業会社(フリークエント・バイヤー)や、投資ファンド等は、もともとバイサイドFAパターン①機能を自前で持っているので、この場合もバイサイドFAは不要となります。

バイサイドFAを雇うとなると、数千万円のバイサイドFA報酬が取得コストに加わりますから、バイサイドとしてもセルサイドオーナーに支払う金額を小さくしたくなります。

そういう意味で、「セルサイドFAがどのような仕事をしてれそうか」を事前に正確に把握してから依頼することは非常に重要なのです。

事前準備の重要性

最適なバイサイド候補を探してもらいたい、しかも、できるだけコッソリと少数のバイサイド候補との間で交渉し、でも好条件を得たい、従業員や会社の将来にも安心できる形で売りたい」と思われるセルサイドオーナーが多いと思います。

ここまで読んでいただいて、「適当に始めると、結局、色々なプレイヤーが登場して、機密情報漏洩のリスクが高まり、案件情報が出回ってしまうリスク(不動産仲介に類似するリスク)」を感じませんでしたか?

☆ 人気記事ランキング ☆

    • M&Aバリュエーションの最高峰 | DCF法の基礎と限界
      まず、現実の値決め(腹から欲しい度)と理論的なM&Aバリュエーション(完璧なDCF法含む)は同じものではありません。 どんなに精緻なM&Aバリュエーションをバイサイド(買い手)に提示しても、実際の値決め(売却価格)が...

    • 知っておくべきM&Aプロセス(株式譲渡のケース)
      M&Aで一番多く利用されるスキームが「株式譲渡」です。これからM&A会社売却をしようとするセルサイドオーナー(売り手)は、株式譲渡の手続き(プロセス)の基本形だけでも頭に入れておきましょう。 M&Aプロセスの...

    • M&Aで最高値で売る義務「レブロン基準」とは?
      今回は、M&Aで会社経営権を第三者に譲渡する場合に「堂々と最高値での会社売却を目指してよい理由」をご説明します。 また、この当然の権利が失われやすい背景をご説明しつつ、とはいえ、現実問題として、相手が納得しないとお金は出てこ...

    • 銀行に評価される会社が高く売れるというのは本当か?
      M&Aという取引は、「ターゲット企業(売り手企業)の経営権を売買する取引」です。 経営権を具体化するのは株式ですから「株式(エクイティ)市場」に属するものであることが大前提です。 銀行ローンが属する「信用(クレジット)...

    • M&Aにおける双方代理リスク
      双方代理リスクとは? 双方代理は原則禁止 双方代理は民法108条で原則として禁じられており、例外的に両当事者(本人)が事前に了解している場合にのみ許容されます。M&Aで会社売却を検討するセルサイドオーナー(売り手)は、...

    • 会社の売却理由として「良い理由」と「悪い理由」
      今回は、M&Aの目的を「好条件での売却」に設定する場合の売却理由として、どんな理由が「良い理由」、どんな理由が「悪い理由」に聞こえやすいか、そして、売却理由の聞こえ方次第で「創業者利潤にどんな影響」が生じるのか、を説明させていただ...

    • M&A会社売却の破談リスク:COC条項とは?
      チェンジオブコントロール条項(COC条項:Change of Control条項)とは、M&A会社売却を実行することで、経営権(支配権:Control)が、今までのオーナー(売り手:セルサイド)から、第三者(買い手:バイサイド)に...

    • 投資銀行の肩書って意味不明ですよね
      投資銀行では、若い青年なのに副社長(ヴァイス・プレジデント)などという肩書を持つ人がたくさんいます。副社長よりもディレクターの方が偉いというのも日本人としては不思議な感覚です。 今回は投資銀行のタイトルの上下関係と個々タイトルに求めら...

    • 問題になりやすい「のれん」。実は全企業の味方。
      暖簾(のれん)とは、企業が苦労して築いた競争優位の証です。 「企業価値を最大化しよう。」「上場株式の株価を上げよう。」「お客さん満足度(CS)を向上しよう。」「従業員の満足度(ES)を上げよう。」 これらは通常「良いこと」とされます。 ...