2019
09.24

M&A会社売却の典型的失敗例:「売ったら終わり」と考えると買い叩かれる

M&Aで会社売却をする心構え, M&Aのお金(価格・税金), M&Aのチーム管理

日本では数多くの中堅・中小企業オーナーが、何らかの理由で会社売却を検討されています。

そこで、セルサイドオーナー(売り手オーナー)が「会社の株を売ったら終わり」と考えると、なぜか会社の売却価格が大きく下がってしまいます

今回は「ずっと存在しなかった自分の上役が登場し、アレコレ指図されたり、今までの経営を非難されたりしたくない。」という当然の思考回路と、「会社の株式価値がセルサイドオーナー社長の心構え一つで大きく変わってしまうこと」の因果関係をご説明したいと思います。

 

非上場オーナー社長の置かれる立場と気持ち

会社売却を検討しているオーナーの大半は、非上場オーナー系企業のオーナーですが、表向きはさておき、本音としては「俺(私)の株を売ったら、もう関係ない。俺(私)をこれ以上頼るのは止めてくれ。」という考え方に傾いていく方が多いはずです。

これは極めて自然な思考回路です。

今までは、「オーナー社長であるがゆえに、借入金の個人保証をし、業績が悪い年は従業員に給料を払うため自分の役員報酬はゼロ、さらに個人預金を崩して会社に貸し付けて凌いだり、社内外でのトラブルが襲い掛かり、、、。」と、さまざまな苦労があったはずです。

特に、創業オーナー社長の苦労は、サラリーマンには想像もできないような不安で一睡もできない夜も数えることができないくらいではないでしょうか。

ましてや、独自のアイデアを事業化することに成功したユニークな会社を創業されたオーナー社長の苦労は、通常の創業オーナー社長よりも格段に大きなものだと思います。今までにない価値を創造した創業者であれば、「平凡な会社の創業利潤よりも格段に高い価値を示してもらいたい」と思って当然です。

なぜ「会社を売った後は関係ない。」という防衛本能のような気持ちが芽生えるのかと言えば、「自分がオーナーであり、全責任を負ってきた。その対価として会社が儲かったら(そこそこ)自由に使える。それがなくなるのだから、負担だけが残るのは不公平な感じがする。」ということだと思います。

しかし、これが悲劇の第一歩なのです。

株を売って自分がオーナーでなくなった後、新しいオーナーからアレコレと指図される。」ことは、社内での立場・環境・メリット等が激変することを意味します。そのため「もう関係ない。あとはよしなに。」となるのでしょう。

非常にわかるのですが、ココに付け入る隙があり、付け入られると適正評価よりも大幅に低い評価を受けてしまう可能性が間違いなく増します。

付け入ってくるのは、簡単にM&Aマッチングを成功させたいM&A業者や、少しでも優良企業を安く買いたい買い手企業です。

しかも、これは全く問題がありません、健全な市場調整機能の一部とも言えますので、気づかずにマイナス評価を受けることのないよう、関係する知識を身に着けてからM&Aの具体的検討に入ってください

 

バイサイドの思考回路

どんな交渉においても相手の立場や気持ちを考えておくことは大事です。M&Aでも同じです。

バイサイドは、会社の経営権を譲り受ける事業会社や投資ファンド等ですが、当然、多額のキャッシュを支払う以上、それに見合ったベネフィット(便益)を入手できることを見込んでいます。多額のキャッシュは別の用途で使うよりも、この会社を買収する資金として使った方がベネフィットがより大きい、と判断したはずなのです。

つまり、バイサイドのタイプやシチュエーションによって多少変わるとはいえ、〇年以内に回収するとか、連結利益成長率が〇%アップするとか、IRR(内部収益率)〇%以上でリターンが手に入る、といった何らかのベネフィットが十分に期待できるので、多額のキャッシュを支払ったわけです。

会社を自動車に例えると、オーディオが故障していても運転に支障はないですが、タイヤがなくても、エンジンが故障していても走りません。

特に大事なのが運転手(ドライバー)です。つまり、会社の場合、経営者となります。

M&Aでの最大の問題の1つが、売却後の経営者問題です。

バイサイドが買収した会社の経営者を即座に引き継げるだけの幹部クラスがバイサイドの社内に偶然にも余っていればよいのですが、「そもそも経営経験のある幹部がいない」、「いても多忙で現業から離れられない」、「いないので外部から招聘するも適任者が見つかるかどうか不安だしいくらかかるかわからない」、というような切実な心配があるわけです。

運転手(ドライバー)不在ではいつ事故・大破してもおかしくないので、事故をして修理してもお釣りがくるくらいの価格でないと怖くで買えない。」という心理に傾きます。

事業承継M&Aが、頻繁に適正バリュエーションでの評価額の半値以下になってしまう事態を、需要側から論理的に説明すると、これが大事な1要素となります。

 

事業承継難問題を解決するためのM&Aでの避けがたい問題

中堅・中小M&Aで激増している売却理由が「事業承継難」です。

このケースは、創業オーナー社長が高齢で、健康不安等を抱え、後継者が社内で育成できておらず、事業を継続するために仕方なく安心して経営を任せられる相手に引き継いでもらうというものです。

このケースでは、ほぼ間違いなく、短期間の引継ぎ後、高齢のオーナー社長は引退します

そのためにM&Aしたので、当然です。

つまり、運転手がすぐにいなくなることを前提としたM&Aという、実はM&Aバリュエーションの世界では特殊ケースであって、「社長即引退ディスカウント」みたいな価格下押し圧力が組み込まれていて、これを除外することが困難なシチュエーションです。

ドライバー引退宣言をしたレースチームを買収するので、ドライバー健在のレースチームと同じ値段は出せません。レースで結果が出ないとスポンサーに怒られるのは、買収した新オーナーです。

前述のバイサイドの心配を考慮するならば「事業を継続させたいけど、あなた自身はすぐに引退されたいのですよね。会社を高く売ると従業員に負担のしわ寄せが来ます。みなさん、純資産に営業利益の数年分を加算した金額で売られてますよ。今なら純資産にプレミアム付きの価格で売れます。社長もみんなと同じくこの計算式で手を打ちましょう。これが友好的なM&A、日本的なM&Aというものです。」と、事業承継難M&Aを数多くさばくM&A担当者はこのような説得をしてくるはずです。このプレミアム付き価格が、適正評価の半値以下になるケースが非常に多いという事実を知っている人は少ない。なぜなら、企業価値バリュエーションをしたことがない人がM&A会社売却の値付けをしているからです。

重要なのは、この記事を読まれているオーナーの多くは、70代や80代の高齢で引退しないといけない状況ではなく、「まだまだ元気に仕事ができる状況にあるので、耐え難い心理的プレッシャーを受けることなく、不必要なディスカウントを受けない、適正評価で売ることができる」という点です。

 

経営者とは何か?所有と経営の分離がなされた会社の経営者とは?

非上場オーナー企業のオーナー社長にとって、経営者(≒ 社長、オーナー)とは「経営に関する全責任を負い、全重要事項の最終決断を下し、借入を個人保証し、従業員を食わせる責任を持つ者である」という感覚をお持ちの方が多いと思いますが、これが大間違いです。

一般的に、所有と経営の分離がなされた企業における経営者とは「株主や他の取締役等の経営チームで経営基本方針を協議し、その決定事項の範囲で実務執行する人であり、その責任は通常の経営のプロとしての注意が払われていたのであれば、特段追求されないサラリーマン経営者の範囲にとどまります」。

全然違うわけです。

これを頭で分かっていても、気持ち的に理解できていないオーナーが多いと感じます。

何が言いたいかというと、会社を売却した後の経営者問題を必要以上に大ごとに捉える必要はなく、「最終的に”経営者チームとして、経営者に必要な機能が満たされている状態になっていれば、「とりあえずOK」と考えてほしい」ということです。

外部から招聘すると、面接だけ上手に切り抜ける人が社長に収まる悲劇のリスクがあるので、できれば社内の人材、年単位で日頃の仕事ぶりを観察できていた人材の得意分野を集めるという方法が現実的解決方法です。

どうしても足りない機能が残ってしまったら、そこだけを外部から調達すればよい、ということになります。

 

即引退ディスカウントを避けるための対策

M&Aの効果を分解してみましょう。

・失うものはオーナーとしての自由(社内での権力)

・得るものはオーナーとしての創業者利潤(株式売却対価)

・今後負うものは(約束した期間内の)一般的な経営者(チームの1メンバー)としての責任(今までのオーナー社長の覚悟よりも遥かに小さなサラリーマン経営者としての責任)

・今後新たに得るものは一般的な経営者としての役員報酬やストックオプション等(経営者としての役務提供の対価を市場価値で貰う)

どうでしょうか?バランスが取れてませんか?

 

よくある間違いは、経営者としての責任を過大に思い込み、(失った自由同様に続く社長責任) > 僅かな役員報酬

社長続投や後継経営チーム準備といった、僅かな努力を怠ることで、

即引退してもよい権」を過剰に重視し、当然の帰結として「経営者即引退ディスカウント」を食らってしまい、

「数十年の苦労の結晶である株式売却対価が半値以下になってしまう」という愚を犯してしまい、しかも、恐ろしいことに、それに気づきもせず「プレミアム付き価格で売れる。それが従業員にとっても最良の決断だ。」と自分で納得してしまうのです。

 

ポイントは、会社の経営を引き継ぐ新オーナーの心配を軽減することで、不必要なディスカウントを受けないようにすることです。

では、まだまだ元気でやる気もある、しかし何らかの理由で会社を売却したい、売却後できるだけ速やかに別の事に集中したい、というオーナー社長は、どうすればよいでしょうか?

ケースバイケースでしょうが、次のような対策を組み合わせ、できるだけディスカウントされず、適正な評価を受けた形で会社売却を成功させましょう。

バイサイドも馬鹿ではないので、株を売った元オーナーの意欲が100%を維持できるとは考えていませんから、通常、早急に、将来を見通せる新体制に移したいと思っています。「なんとなく不安だから脱出」よりも「案ずるより産むが易しで、とりあえず限定期間・限定範囲で続投しておく」ことがベストでしょう。役員報酬ももらえますし、本当に売却後も意欲十分に成長貢献したいならストックオプションのようなインセンティブを貰えるようにM&Aアドバイザーと相談するのも1つです。やっぱり辞めたいなら「もういいですよ」と言われる状況にしてしまえば、早めに追い出してくれます。逆に、売却後も長く会社に貢献したい社長は、「あなたがいないと困る」と思ってもらえるように重要な機能の一部のエースであることをアピールする必要があるわけです。

・全責任を負う1人の社長ではなく、得意技を寄せ集めた経営者チームでよいと割り切って、社内の候補者を探しておく

・社内の候補者に最低数カ月前から経営者としての心構えや、一段上の意思決定に従事してもらい、資質の有無を見極めておく

・その結果や考えをM&A交渉の中でバイサイドが理解しやすいように整理しておく

・不足する部分を、代表権のない会長や相談役として当面残る等の自分が貢献できる形も検討しておく

・どうしても社内で調達できない経営者機能については、社外から調達できそうか人材紹介会社等に問合せて、報酬水準等を調査しておく

これだけやっておいて、それでも「心配だから半値以下で売ってくれ」という強欲なバイサイドは「相手にすべきはない」という結論でよいでしょう。

 

 

 

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