2018
01.19

知っておくべきM&Aプロセス(株式譲渡のケース)

M&Aのプロセス

M&Aで一番多く利用されるスキームが「株式譲渡」です。これからM&A会社売却をしようとするセルサイドオーナー(売り手)は、株式譲渡の手続き(プロセス)の基本形だけでも頭に入れておきましょう。

M&Aプロセスのゴール(SPA調印・クロージング)

セルサイドオーナーにとってのM&Aゴールは、株式譲渡契約書(SPA: Stock Purchase Agreement)の調印とそれに従うクロージング(株式の譲り渡し(名義書換と新しい株主名簿の提出)と、その対価(現金もしくは他の対価)の受領)です。

バイサイド(買い手)候補を複数抱えたまま、複数社と並行してSPAドラフトのマークアップ(加筆修正)をしていく場合もありますし、1社のみとの間でSPAドラフトをマークアップしていく場合もあります。

ところで、SPAドラフトをセルサイドまたはバイサイドが準備し、相手方に提示するのですが、できるだけドラフトはセルサイドが準備したほうが無難です。なぜなら、大きな修正を施すにはなんらかの合理的な理由が要求されるので、相手が作成し、相手に有利になっている契約ドラフトを基礎とすると、自分の不利をはねのけるための労力が増えるからです。

SPAをバイサイドが準備するのか、セルサイドが準備するのかをM&A助言会社に聞いてみましょう。ちゃんとしたM&A助言会社であれば、セルサイドのためにオーダメイドで調整したSPAドラフトを準備してくれるはずです。

【 関連記事】
売り手がM&Aの最終契約書(Definitive Agreement)で決めること

M&AのプロセスのゴールがSPAの調印とクロージングだとして、セルサイドオーナーが完全に理解しておくべきなのは、そこに至るプロセス中のどこが一番の勝負の分かれ目なのかです。そして、その勝負の分かれ目に至るまでに、どれだけの選択肢を準備できたかです。

SPA調印までのプロセス

SPAの相手方を特定(バイサイドを最終決定)し、SPAの内容を詰めて(詳細な条件を固めて)、調印し実行します。一番単純な株式譲渡のケースでは、次のような7ステップで進めていくのがノーマルでしょう。

右下図のように、プロセスが進むにつれ、「バイサイド候補の数」、「バイサイドに開示する情報の深さ」、「バイサイドからの関心の深さ」が変化していく点も重要です。

【M&Aプロセス概要(株式譲渡)】

初期的提案(STEP1: 探索・初回打診)

M&A助言会社がバイサイド候補を探索し、ノンネームシートやティーザーを使った初期的提案をします。

【関連記事】
M&Aによる会社売却の失敗パターン:ノンネームシートとティーザーの決定的な違いとは?

初期的提案(STEP2: NDA)

バイサイド候補から初期的関心を得られたら、NDA(機密保持契約書/差入書)を入れてもらいます。

【関連記事】
NDAの基本的な役割と失敗パターン

本格提案(STEP3: 詳細資料開示)

機密保持義務を負うバイサイド候補に対し、詳細資料としてインフォメーション・メモランダムIM: Information Memorandum)を開示します。

【関連記事】
M&A会社売却での情報開示:高品質なインフォメーション・メモランダムの必要性

本格提案(STEP4: LOI)

開示したIM及びこの時点で可能な範囲のQ&A等を経て、バイサイド候補から法的義務のない/限定的な意向表明書LOI: Letter of Intent)を提出してもらいます。または、当事者双方が義務を負う基本合意書(MOU: Memorandum of Understandings)を締結します。

【関連記事】
M&Aによる会社売却の失敗パターン:無意味な意向表明書(LOI)の受領 

精査・交渉(STEP5: DD)

双方が大枠合意に至った場合に限り、続いて、バイサイドによる企業精査(DD: Due Diligence)に進んでもらいます。ここでマネジメント・インタビューや専門家による精査を受けることになります。

【関連記事】
厳しいデュー・ディリジェンスを嫌うM&A売り手が失う大事なもの

精査・交渉(STEP6: ドキュメンテーション・クロージング)

バイサイドに法的拘束力(Binding)のあるSPAのドラフト共有、マークアップ、最終版の完成と進め、クロージングに至ります。M&A取引自体はここで完結。

M&A後(STEP7: PMI)

その後のM&A取引後の経営統合(PMI: Post Merger Integration)という新体制での経営の本番が開始することになります。

上記は、あくまでも典型的な株式譲渡のプロセスです。

こうやって進めなければいけないという法律やルールはありませんから、ニーズや制約条件を考慮して、最適なオリジナルM&Aプロセスをデザインすることも重要です。「使えるM&Aバンカー」と相談して決めましょう。

「競争環境」がある取引が有利になる?

最もバイサイド候補にとって安心しにくい、セルサイドに有利になりやすいM&Aでの交渉方法というのは、STEP6の段階まで複数のバイサイド候補が残るケースです。フルオークション(Full Auction)とも呼ばれます。1次入札でSTEP5に進むバイサイド候補を絞り、STEP6の中で2次入札を実施しバイサイド候補をさらに絞り、ようやく最後の1社と契約を調印するというものです。フルオークションは、M&A市場で評価されやすい業種、一定以上の規模がある会社で、かつ、今後の成長期待が高い事業でないと、なかなか成立しません。バイサイドも大変ですので。

フルオークション以外にも、クローズド・ビッド(Closed Bid)という昔からある緩和版オークションもあれば、個別状況の中で許容される中で最も有利な交渉方法をオーダーメイドでデザインすることも有益でしょう。M&A助言会社の腕の見せ所の1つです。

最悪なのが、①ピントの外れた相手、②低品質な情報開示で、③あっさりと相対交渉です。「M&Aセルサイドオーナーの三重苦」と呼ばれる状態ですので、この状態でのDD突入は、できる限り避けましょう。

高品質かつ必要十分な量の情報開示が伴った提案を受けて、買収及び買収後の具体的改善施策の実行を真剣に検討してくれるバイサイド候補が複数存在することを前提として、そのバイサイド候補間で健全に競い合ってもらい、「ターゲット企業の将来を託すに最もふさわしい相手を選べる」という点が、本来の競争入札に期待される「機能」です。

膨大な手間や時間がかかるDDにまで進んでしまい、セルサイドが後戻りできないステージまで進んだ後で、猛烈な価格引き下げの打診(よくある実例:LOI記載価格の半額程度)を受けるというケースがしばしば発生しているようです。このような事態に陥ってしまったあとで、中堅中小企業サイズでも投資銀行流の片手FAサービスを提供する弊社の存在を知り、途中交代を依頼されるケースが稀にあります(無差別提案情報漏洩により企業価値が痛んでしまっていて「時すでに遅しでお断りさせていただく」ケースも多いですが)。

大事なのは、ターゲット企業の可能性をしっかりと理解したM&A助言会社が、必要に応じて、適切な形で、「競争環境」を活用することです。「競争環境」を正しく活用すれば、「厳選した複数のバイサイド候補への提案、最小限の情報漏洩リスク、最高の条件を獲得」を同時に達成できる可能性があり、それを目指すべきでしょう。一方で「競争環境」を正しく活用しなければ、「後からひっくり返されても文句が言えない袋小路に追い込まれる」という重大なリスクを孕んでいます。

ターゲット企業とM&A市場の状況とオーナーの希望次第でオーダーメイド

交渉方法のみならず、ピントの合った有益な情報の整理・作成ストラクチャリングタックスプラン等、ターゲット企業の状況やM&A市場の状況を総合的に勘案しつつオーナー様のニーズを実現するための最高の方法を練りこむ「M&A戦略」の策定が非常に重要です。セルサイドは、M&A初心者の方が大半ですので、後から創意工夫の重要性に気づいても「時すでに遅し」、大半の方が「最後まで気づかない」となります。

M&A戦略検討の結果として、利用すべきスキームが株式譲渡が妥当となる場合もあれば、株式譲渡以外のスキーム、株式譲渡と他スキームを組み合わせた複合スキームがより妥当となるケースもあります。

また、相手数、売却回数も”1”と決まっているわけではありません。虫の目では気づかない事でも鳥の目なら気づくことがたくさんあり、さまざまな工夫の気づきが得られる場合が多々あります。理系脳と文系脳、左脳と右脳をフル活動させれば選択肢は無数にあるわけですから、それを考えて実行するのがM&Aバンカーの仕事と言えます。

特に、ユニークな強みのある面白い会社のオーナー様はよく理解されていると思います。安易なパターンは業者都合」、「他がやらないことをやるから勝てる」ということを。

No sacrifice, No Victory(犠牲なくして勝利なし)」、「No Pain, No Gain(労苦なくして得るものなし)」ですよ。

☆ 人気記事ランキング ☆

    • M&Aバリュエーションの最高峰 | DCF法の基礎と限界
      まず、現実の値決め(腹から欲しい度)と理論的なM&Aバリュエーション(完璧なDCF法含む)は同じものではありません。 どんなに精緻なM&Aバリュエーションをバイサイド(買い手)に提示しても、実際の値決め(売却価格)が...

    • 知っておくべきM&Aプロセス(株式譲渡のケース)
      M&Aで一番多く利用されるスキームが「株式譲渡」です。これからM&A会社売却をしようとするセルサイドオーナー(売り手)は、株式譲渡の手続き(プロセス)の基本形だけでも頭に入れておきましょう。 M&Aプロセスの...

    • 銀行に評価される会社が高く売れるというのは本当か?
      M&Aという取引は、「ターゲット企業(売り手企業)の経営権を売買する取引」です。 経営権を具体化するのは株式ですから「株式(エクイティ)市場」に属するものであることが大前提です。 銀行ローンが属する「信用(クレジット)...

    • M&Aで最高値で売る義務「レブロン基準」とは?
      今回は、M&Aで会社経営権を第三者に譲渡する場合に「堂々と最高値での会社売却を目指してよい理由」をご説明します。 また、この当然の権利が失われやすい背景をご説明しつつ、とはいえ、現実問題として、相手が納得しないとお金は出てこ...

    • M&Aにおける双方代理リスク
      双方代理リスクとは? 双方代理は原則禁止 双方代理は民法108条で原則として禁じられており、例外的に両当事者(本人)が事前に了解している場合にのみ許容されます。M&Aで会社売却を検討するセルサイドオーナー(売り手)は、...

    • 会社の売却理由として「良い理由」と「悪い理由」
      今回は、M&Aの目的を「好条件での売却」に設定する場合の売却理由として、どんな理由が「良い理由」、どんな理由が「悪い理由」に聞こえやすいか、そして、売却理由の聞こえ方次第で「創業者利潤にどんな影響」が生じるのか、を説明させていただ...

    • M&A会社売却の破談リスク:COC条項とは?
      チェンジオブコントロール条項(COC条項:Change of Control条項)とは、M&A会社売却を実行することで、経営権(支配権:Control)が、今までのオーナー(売り手:セルサイド)から、第三者(買い手:バイサイド)に...

    • 投資銀行の肩書って意味不明ですよね
      投資銀行では、若い青年なのに副社長(ヴァイス・プレジデント)などという肩書を持つ人がたくさんいます。副社長よりもディレクターの方が偉いというのも日本人としては不思議な感覚です。 今回は投資銀行のタイトルの上下関係と個々タイトルに求めら...

    • 問題になりやすい「のれん」。実は全企業の味方。
      暖簾(のれん)とは、企業が苦労して築いた競争優位の証です。 「企業価値を最大化しよう。」「上場株式の株価を上げよう。」「お客さん満足度(CS)を向上しよう。」「従業員の満足度(ES)を上げよう。」 これらは通常「良いこと」とされます。 ...