2018
03.20

会社の売却理由として「良い理由」と「悪い理由」

M&Aで会社売却をする心構え

今回は、M&Aの目的を「好条件での売却」に設定する場合の売却理由として、どんな理由が「良い理由」、どんな理由が「悪い理由」に聞こえやすいか、そして、売却理由の聞こえ方次第で「創業者利潤にどんな影響」が生じるのか、を説明させていただきます。

「売却理由」が大事な理由

弊社のクライアント様より、会社の売却理由として、多種多様な理由を聞くことがあります。

M&Aによる株式譲渡等(会社を売る)は、「資産としての価値がある株主権(配当権・残余財産分配請求権)を具現化した株式を売る」ということですよね。どんな理由であっても「財産の処分権」は権利として認められるべきですから、売りたければどんな理由であっても売ってよい、と憲法が保障してくれています。

そのため、筆者は、必要以上の詮索はせず、理由をお聞きしても、「よい理由も悪い理由もない」と考えています。

今までにも「体力が落ちた」、「高齢で」といった典型的な理由もあれば、若い女性オーナー社長さんで「結婚相手が見つかったから会社の代表から降りたい」、他にも「商売自体に飽きたので慈善活動に集中したい」、「海外に移住したい」という理由もありましたし、「親の介護をしたい」、「別のビジネスを興したい」、「今の仕事に飽きた」、「パートナーと組んで自分が社長のまま上場したい」など、色々な個人的な理由で会社を売却された方のサポートをしてきました。

いずれも「どんな売却理由であれ、何の問題もない、あるわけない。」と思ってます。

なので、本当のところの売却理由がどんな理由であっても、弊社は、会社自体に解消できない重大な問題がなく、M&Aというパワフルなツールとフィットしやすいユニークな強みのある会社であれば、全身全霊でサポートさせていただいています。

しかし、M&Aの取引相手であるバイサイド(買い手)の不安、つまり、「セルサイドが『悪い理由』でM&Aでの会社売却を画策していて、後々大きな損失やトラブルに巻き込まれるのは勘弁してほしい」という不安を、検討当初は必ず持つという点に留意し、真っ先に確認される「会社売却理由」について、嘘はつかないまでも、不要な誤解を受けないよう程度にうまく工夫して伝えることは非常に重要と考えています。

取引相手の立場に立って考え抜いておかないと結局自分が損をする」は一般的な取引と同じです。

最大のポイントは、Win-Win-Winとなる表向きの理由を用意しておくということです。
Win セルサイド(売り手
Win ターゲット企業(売り手企業)の従業員等のうち前向きな人たち
Win バイサイド(買い手
当事者3者がすべて共通してプラスの便益を受けられるような方向性を実現するためにM&Aしたい」という建設的な売却理由です。対外的な受けも対内的な受けも圧倒的に良くなるはずです。

「自分さえ良ければ後はどうなっても構わない」という風に見えないようにしたほうが、成約確度が向上し、好条件での会社売却が可能になるわけです。

売却理由は、バイサイド選び、スキーム検討や情報開示の内容にも大きな影響が生じさせます。M&A会社売却を成功させるために、まず整理すべきが会社売却理由です。

使えるM&Aバンカーと相談して「良いM&Aストーリー」を紡ぎあげましょう。M&Aストーリーの背骨にあたるのが「良い売却理由」であり、それと整合的なストラクチャー、引継ぎプラン、後継者育成プラン、相手選びの基準、改善・成長ストーリー、シナジーストーリー等がパーツとなります。「良いM&Aストーリーを、クリエイティブに創り上げること」がM&Aバンカーの一番大事な仕事と言えます。

M&Aストーリーと公正価値、M&A会社売却の現場交渉で成功するとはどういうことかをまとめた記事はコチラ

良い理由と悪い理由

バイサイドが完全に安心できる売却理由は2つあります。
1つは高齢になり健康に自信がなくなってきたが、後継者が育成できなかったので、M&Aで売却するしかない。』というもので、もう1つは投資ファンドが売却する場合』です(売るために買うのがファンドなので)。

逆に、バイサイドがM&A案件で警戒心を抱く売却理由は次の2つです。
1つは、『すでに会社のビジネスモデルの寿命が尽きている、何をどうしようと業績はガタガタ落ちるしかないので、他人に損失をなすりつける目的で会社を売却する』、もう1つは、膨大な偶発債務・簿外債務等が隠されていて、近い将来、とてつもない損失が発生する見込みがある。他人に損失をなすりつける目的で会社を売却する』というものです。DD(デュー・ディリジェンス)という手続きは、所詮は数週間という短期間において、専門家が限定的な責任範囲で頑張ってみた結果に過ぎません。発見できなかった瑕疵が、後から発覚する可能性はどうしても残るので、バイサイドとしては、当然にそのリスクを警戒します。

意外と安心され、むしろ好評価につながりやすい売却理由は次の2つです。
1つは、「経営者としての自信がない(なくなった)というもので、
もう1つは、「経営者としての意欲がない(なくなった)というものです。マジメな日本人としては意外に思われるかもしれません。

今までの経営環境や技術環境では好業績を計上し続けられてきたものの、環境変化(新テクノロジー等)に追いつけずに、このままいくとライバルに水を空けられてしまうので、今のうちに自分よりも適した経営能力を持っている人にバトンタッチしたほうが会社のためという場合や、高齢になった前オーナー社長の親族(息子や娘など)であるというだけで、半ば無理やり事業承継させられてしまい、自分には経営していく意欲も能力もないから、今のうちに意欲と能力を持っている人にバトンタッチしたほうが会社のためという場合、自分はゼロから1にするのが好き、すでに自分がやるべき創業ステージは成功した、次の新規ビジネスに注力したい、だから平常時の経営管理が得意な人にバトンタッチしたい場合などです。

これらは、バイサイドから見れば、痛まないうちに引き継げるなら、良い会社を傘下に迎えられる可能性があるので、悪い理由としては見られません。海外では、このような「Good company but Bad management(良い会社だけど、経営者は(意欲・能力のいずれかで)イマイチ」という条件に合うM&A案件は、掘り出し物のお宝案件として、高額売却が可能になることもあるくらいです。このような条件付き優良案件、つまり、しっかりと説明・説得できさえすれば高値売却の可能性がある会社の売却案件の場合、使えるM&Aバンカーに真剣に取り組んでもらうことで、高値売却の可能性が大きく開けてきます。ただし上手く説明しないと大きなマイナス評価になりますので、注意してください。

どのような状況にあったとしても、どのような理由であったとしても、会社を売るのは所有者の自由なのですが、伝え方を間違えるとM&Aの結果を大きく悪化させます。不要な警戒感を持たれないように、まずは外部向けの良い理由をじっくりと考えておきましょう。売却理由とM&Aストーリーは表裏一体なので、M&Aバンカーと一緒に考えると、早く、最適な売却理由(外部説明用)を練り上げられると思います。セルサイドオーナーが、ストラクチャーや税務リスク等に精通していない場合、早め早めにM&Aバンカーと相談するとズレずに済むと思います。

悪いことはできない

悲しいことに、人間とは弱いもので、「本当に悪い理由」を必死に「隠して」売却しようとする人もいるようです。

しかし、株式譲渡契約書等において、重要事項の説明モレ、偽証や粉飾などにより、実力以上の条件で契約を成約できたとしても、ガッチリとした表明保証・補償(Representation and Warranty / Indemnity)という条項で、必ず、セルサイドが相応の最終責任を取る形になりますし、少しでも重大な疑いをもたれると、通常は破談になってしまいますし、なんとか進んでも売却価格の多くの部分が一回で支払われない(条件成就まで支払待機口座で売却代金が眠らせるエスクローの利用等)という風に、バイサイドのリスクヘッジ法が色々と用意されてますから、悪いことをしようとしても、通常、無駄骨に終わります。

まともなM&Aバンカーは、そのようなリスクにかなり気を配ります。M&A助言業務を受託するかどうかの初期的調査の段階でチェックしてから契約しますし、事後的に発覚したとしても、実際にかかった必要経費を除く、着手金すら全額返金し、案件から即座に降りるのが当然だと思います。レピュテーションリスクというものがありますので。

腕の悪いM&A業者に頼んでも時間と労力の無駄になりますし、どこを精査しても潜在価値が見つからないなら、早めの手仕舞い(会社清算等)を含め、M&Aのプロにどうすればよいかを相談されることをオススメします。

良心的なM&Aバンカーであれば、M&Aの商売にならなくても、親身に無料で一定範囲の助言をしてくれると思います。

周囲の人のことも考えるべき

また、残される役員・従業員の気持ちという面も検討して売却理由を考えておくべきです。会社売却理由の役員・従業員受けの良し悪しも、売却価格を下げるリスクになりえるからです。

バイサイド(買い手)は、経営権を引き継いだ後、通常、役員・従業員の雇用も引き継いで、会社の発展を目指して努力することになりますが、残る役員・従業員も人の子ですから、モチベーション(意欲)によってパフォーマンスが下がる場合がありえます。

もし、今まで何年、何十年も仕えてきたオーナー社長が「自分勝手に聞こえる理由」で会社を売却しようとしていることが知られてしまうと、会社への忠誠心がガタつき、進行期業績が悪化してしまう、最悪の場合はキーパーソンが辞職してしまうということもありえます。バイサイドにとっては価値の源である貴重な人財を失うわけです。結果としてセルサイドにとっては株式価値が棄損するということになります。

日本の雇用慣行、つまりジョブ型でなく就社型の雇用慣行の弊害の1つかもしれません。しかし、現実に損害が生じるリスクが見えているなら、対処をしておくべきです。

これらが会社売却完了後に発生したのであれば、セルサイドは「逃げ切れた」とも言えますが、万が一、M&Aプロセスの真っ最中に、キーパーソンが辞職したり、モチベーション低下で業績が下がったりしたら、セルサイドは経済的なデメリットを負うことになります。目指すべきは、Win-Win-Winです。M&Aでは、交渉期間が延びる等の事態は頻繁に起きますので、そもそも不要な問題を抱えずに済むように、上手に準備するべきでしょう。

口は災いの元ということです。

内部へのM&Aに関する情報伝達は、タイミングや伝達内容を慎重に吟味してから、適切に行ってください。

良くも悪くも、日本人は平均志向が強く、妬みを感じやすいと言われますね。内部向けに望ましいのは「「切り捨てられ感」を感じさせないような理由、例えば「今までの個人経営時代では無理だった、画期的なキャリアパスや、夢のある処遇といったチャンスを作るために「体制」を変える」等の建設的な理由です。当然、辻褄の合う、本当にチャンスを作れる相手を用意しておく必要もありますし、それが実現しやすいストラクチャーを用意することも必要です。そして、これが一番大事ですが、結局、これが一番オーナーの創業者利潤も高まるということです。

「頑張っている人が報われる仕組み」を作ると、会社の価値は上がるわけです。期待が高まるからバイサイドも好条件を提示してくれるわけです。良い売却理由と整合的なM&Aストーリーを練り上げておくことも重要な準備の1つですよ。

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