2018
10.19

M&A会社売却での情報開示:高品質なインフォメーション・メモランダムの必要性

M&Aの開示資料

インフォメーション・メモランダム(Information Memorandum、略称:IM)またはインフォメーション・パッケージ(Information Package、略称:IP)と呼ばれる開示資料は、M&Aプロセスの初期にバイサイド候補に開示するものであり、M&Aの成否を左右するほど重要な開示資料のエースに位置付けられる資料のことです。

一般的なマーケティングと同じで、会社売却時も「どう見せるか」は非常に重要です。ターゲット顧客属性から「ニーズ」を考え、「ニーズに刺さるクリエイティブ」になってなければ、どんなに露出を高めても売れませんし、最悪、値引き依存になります。もっとも高い公正価値(フェアバリュー)を認めてくれるバイサイド企業1社を見つけ、説得するため、つまりM&A会社売却を成功させるため、「各バイサイド企業候補のニーズに刺さる開示資料(M&Aストーリー)」を用意することが重要です。短時間で伝えられる「刺さるM&Aストーリー」を凝縮し、各バイサイド候補毎に的確に伝えられるかどうかは、IMを作成するプロセスの品質次第です。同じ被写体でも映す角度が違えば、見る人が受ける印象は大きく変りますので。

今回は、IMの品質を高くすべきなのはどういうセルサイド・ターゲット企業のケースか、IMの品質が低いとどういうデメリットが発生しやすいかについてご説明したいと思います。

手間のかかる高品質IMを作るメリットとは?

高品質IMのメリットには次のようなものが挙げられます。非常に幅広い部分でプラスの影響があります。

バイサイド候補の絞り込み(無駄に多くの候補に情報を出さずに済む)
厳選したバイサイド候補への各ニーズに即した情報開示
効果的な提案、バイサイド企業からの関心度アップ
有意義なLOIの受領(ポテンシャル(高めの公正価値)近くでの仮合意)
省力的なDD(多くのポイントは確認程度に)
スムーズな条件交渉(ポテンシャル(高めの公正価値)近くでの売却)
最終的な好条件の獲得(高く売れる、将来への安心、その他ニーズ実現)

ちなみに、M&Aプロセスでは、セルサイド(売り手)とM&Aアドバイザーが、ターゲット企業(売り手企業)の状況セルサイドのニーズを考慮し、バイサイド(買い手)候補を一定数に絞り込み、バイサイド候補にティーザー等の限定的な情報開示をしながら関心度合いを確認、その上で、バイサイド候補に機密保持義務(NDA)を負担してもらった後で、かなり詳細な開示資料としてIMを開示するのが一般的です。M&Aプロセスについては別の記事に詳しく記載しておりますので、ぜひご一読ください。

また、高品質なIMが効果を発揮する『ポテンシャル(高めの公正価値)での売却』を説明した記事についても、ぜひご一読ください。

IMの品質はピンキリ

M&Aアドバイザーのタイプや案件毎の目的に応じてピンキリとなりやすいのがIMという開示資料でもあります。高品質なIMの作成のためには事業・ファイナンス・M&A制度等に熟知したM&Aバンカーが多くの時間を投入する必要があります(弊社の場合、高品質IMを準備すべきケースでは最短3週間~最長2カ月は徹底的な分析とIM準備等に時間をいただきます)。一方で、低品質なIMであれば、投資銀行やビジネスアナリスト未経験者でも1日で準備できてしまいます。欧州企業のアニュアルレポート+αレベルの高品質なIMもあれば、ターゲット企業のHPの情報を要約し財務情報を加えた程度の低品質なIMまで、本当にピンキリです。外資系投資銀行で数百ページの高品質IMを作った経験を持つM&Aバンカーもいれば、そもそもIMを作った事もないマッチング(口利き)専門のM&Aブローカーまで、さまざななタイプのM&Aアドバイザーが混在しているのが日本の中堅中小M&A市場です。日本のM&Aでの情報開示に関する規制がなく、株をまとめて売るという点で似ているIPO(上場)時の有価証券届出書のような情報開示のしっかりした制度や少数株主保護の制度もありませんから、すべてはM&Aアドバイザーのビジネスモデル、やる気と能力にかかっていると言えるでしょう。

問題は、
①IM準備過程でM&Aアドバイザーがターゲット企業に精通する必要性が高いか(特にバイサイド候補選び・成長戦略・シナジー戦略、つまり「M&Aストーリー」が重要なM&A会社売却案件か
高品質IMを使用することでバイサイドの期待が膨らみ好条件を得られそうか、低品質IMでもバイサイドが納得して最低限満足できる条件を得られそうか
③IMでスキップした部分をDDプロセスにしわ寄せさせることの悪影響
④IMを準備するための手間・時間・着手金等といった負担をどう判断するか
です。

①から④の要素を総合的に斟酌して、ご自身の会社を売却する際に「どの程度の品質のIMを用意してバイサイドにターゲット企業の将来性を正確に理解してもらいたいか」を決めるべきと言えるでしょう。これに応じて、どんなタイプのM&A業者を選ぶべきかについても概ね決まります。

欧米でのM&Aにおいて、高品質なIMが重要視されるのは、それなりの理由があるはずです。IMの品質が問われない、もしくはIMを開示せずに先に進めるという日本の中小企業M&Aでよく見られる慣習(露出量だけ増やし、商品内容の理解、ターゲット顧客分析をせず、クリエイティブにも無関心)にも、それなりの理由があるはずです。

「M&A開示情報」のそもそもの目的や機能とは?

M&Aスキームが株式譲渡のケースでは、M&Aの前後で「株主名簿に記載される株主の名前と保有株式数」が変わるだけです。そのために、数億円、数十億円、ときに数兆円もの大金が動くわけです。さて、大金を出す人=バイサイド(買い手)は、何をもって「大金を支払うに足る満足(=期待)」を形成するのでしょうか?まさにこの「期待」を形成してもらうために必要なものが「情報」です。M&Aとは「情報の精製と伝達」がその神髄ですので。

M&A開示情報、その中でもエース級のIMという開示資料は「期待を形成してもらうために最も重要な武器」であると言えるでしょう。

セルサイドが能動的にまとめた情報がIMであり、セルサイドが受動的に受け答えるものがDDです。IMがバイサイド候補を絞り込む前に多様なバイサイド候補と広い論点で議論しバイサイド候補を絞り込むために活用する一方、DDはバイサイド候補を通常1社まで絞り込んだ後の受け身の情報開示に過ぎません(絞り込みに失敗していたら元も子もありません)。

セルサイドの立場から、さらにM&Aストーリーという高所から見ると「IMの方がDDよりも圧倒的に重要」と言えるわけです。

「バイサイド候補を1社に絞り込んでしまってから、いなくなった候補に良さが伝わっていなかった、もっと適したバイサイド候補がいたのに気づかなかった」では後の祭りです。

IMは「印象を左右する包装やパンフ」でもある

次の2つの事例について、消費者の立場にたって、AとBのどちらにお金を払いたくなるかを考えてみてください。

ある消費財について、
A1:脳裏に残るデザインや一瞬で特徴を把握できるキャッチフレーズが記載された綺麗なパッケージに包装された製品と、
B1:剥き出しで値札だけついていて、雑多に棚に並べられた製品、
全く同じ製品だとしても、消費者はどちらの製品の方が性能に優れていると期待し、どちらにより多くの代金を支払う気になるでしょうか?

また自動車について、
A2:詳細な性能を表示しワクワクする利用シーンを提案してくれるブローシャ、パンプレット、HP等が整備され、立派なビルのショールームでキレイに磨かれた状態の自動車と、
B2:多数の新車、中古車の群れの中で、(値札がガラスに貼られた状態で)野ざらしで駐車している自動車、
全く同じ自動車だとしても、消費者はどちらの自動車の方が性能面で優れていると期待し、どちらにより多くの代金を支払う気になるでしょうか?

大多数の方は、A1とA2と答えると思います。製品種類によっては、性能等のスペックよりもパッケージデザインが重要なケースもあるくらいです。

Aにおけるキャッチフレーズ、パッケージ、性能表示、利用シーン等を顧客にアピールする機能を、M&Aによる会社売却では、インフォメーション・メモランダム(Information Memorandum)が担います。

Bのような売り方でも構わないからスピード重視という方、Bのような売り方しかしてもらえない規模・特徴のターゲット企業、でない場合、できるだけAのような売り方をしてもらった方が良いに決まっています。

IMに記載する内容例

では、IMにはどのような内容を盛り込むべきでしょうか?以下の3点を意識してIMを準備すべきです(実際の作業はM&Aバンカーがやってくれますので、要求された資料や質問への回答をすればOKです)。

視点1: IMの最大の目的は、具体的なバイサイド候補を意識しながら、それら具体的なバイサイド候補に「具体的な将来への期待を形成してもらう事」、「管理可能なリスクの範囲内であると安心してもらう事」です。

視点2: また、M&Aは、IPOの未上場株式版とも言え、その主要開示資料であるIMは、IPO時に募集株主に対して会社の成長期待やリスクを知らしめる有価証券届出書等の開示資料と極めて性質が近いと捉えることが可能です。

視点3: ただし、IPOの際の開示資料は、所詮はマイノリティ(少数株主)向けの開示資料に過ぎません。M&Aではマジョリティ(過半数の議決権)がバイサイドに移るのが基本ですから、開示レベルはマイノリティ株主向けの開示情報よりも遥かに深く、具体的なものにしておく必要性が高いと言えます。

もっともベーシックな<IMの目次>は本記事の最後に記載したものとなりますが、上記のような視点、個別案件毎の事情等を反映して、目的を達成するためにもっとも相応しいコンテンツとすべきでしょう。また、バイサイド候補の買収検討担当者は多忙な人が多く、複数の買収案件を同時並行で検討しているケースもありえます。できるだけわかりやすく、印象に残すべき内容は強調し、必要十分な情報をコンパクトにまとめる努力が重要です。グラフや図表を利用しながら、出典等もしっかり明記し、しっかりと吟味された高品質な情報のみを(通常の中小企業であれば)50~100ページ以内に収めることができると理想的かと思います。※ちなみにIMを作りこんだ後、バイサイド候補毎にアレンジして数ページの匿名企業情報としてまとめたものを「ティーザー」と呼びます。これも一般的なノンネームシート企業概要書とは似て非なるものです。

このIMを中心にバイサイドに検討してもらった結果が、価格等の主要な条件として、意向表明書(LOI)上に記載されます。セルサイドとしては、このLOIを基礎に、DDに進んでもらうバイサイド候補を選ぶという事になります。もし、IMが欠陥品だと、LOIも「欠陥品をもとにした暫定的判断」となりますから、DD後に大幅な条件ダウンを提示されても文句を言えなくなってしまいます。

最適なバイサイド候補にIMをしっかり読みこんでもらい、有意義なLOIを提出してもらう事が、M&A前半戦の山場であり、M&A後半戦の枠組みを決めてしまうという意味で、もっとも重要な局面であることを強く意識し、IMの準備に取り掛かりましょう。

有価証券届出書の作成の手間を惜しむような会社は上場することはできません。未上場会社によるIPOのようなものであるM&Aでも必要な品質のIM作成という手間を惜しんではポテンシャルを発揮できなくなりがちです。

ところで、ユニークな会社はM&Aで高く売れる可能性があります。少なくともユニークな会社を売る場合、かつ、できるだけ好条件を狙いたいという健全なニーズをお持ちのセルサイドの場合、高品質なIMを準備し、「高品質なIMの場合にだけもたらされるメリット」を受けるべきです。

冒頭記載の高品質IMのメリットは、無視できないほどの価値があると思いますよ。

<IMの目次例>

1. 注意事項
2. 選考プロセス案内
3. エグゼクティブ・サマリー
4. 属する市場の状況
5. 属する市場における競争環境
6. ターゲット企業の基本情報
7. ターゲット企業の事業
8. ターゲット企業の組織
9. ターゲット企業の財務
10. ターゲット企業の事業計画
11. その他(重要契約・チェンジオブコントロール・許認可・労務・社内規定・当局調査・係争・偶発債務・後発事象等)

☆ 月間人気記事ランキング ☆

    • M&Aバリュエーションの最高峰 | DCF法の基礎と限界
      まず、現実の値決め(腹から欲しい度)と理論的なM&Aバリュエーション(完璧なDCF法含む)は同じものではありません。 どんなに精緻なM&Aバリュエーションをバイサイド(買い手)に提示しても、実際の値決め(売却価格)が...

       

    • 知っておくべきM&Aプロセス(株式譲渡のケース)
      M&Aで一番多く利用されるスキームが「株式譲渡」です。これからM&A会社売却をしようとするセルサイドオーナー(売り手)は、株式譲渡の手続き(プロセス)の基本形だけでも頭に入れておきましょう。 M&Aプロセスの...

       

    • M&Aで最高値で売る義務「レブロン基準」とは?
      今回は、M&Aで会社経営権を第三者に譲渡する場合に「堂々と最高値での会社売却を目指してよい理由」をご説明します。 また、この当然の権利が失われやすい背景をご説明しつつ、とはいえ、現実問題として、相手が納得しないとお金は出てこ...

       

    • 銀行に評価される会社が高く売れるというのは本当か?
      M&Aという取引は、「ターゲット企業(売り手企業)の経営権を売買する取引」です。 経営権を具体化するのは株式ですから「株式(エクイティ)市場」に属するものであることが大前提です。 銀行ローンが属する「信用(クレジット)...

       

    • 投資銀行の肩書って意味不明ですよね
      投資銀行では、若い青年なのに副社長(ヴァイス・プレジデント)などという肩書を持つ人がたくさんいます。副社長よりもディレクターの方が偉いというのも日本人としては不思議な感覚です。 今回は投資銀行のタイトルの上下関係と個々タイトルに求めら...

       

    • 会社の売却理由として「良い理由」と「悪い理由」
      今回は、M&Aの目的を「好条件での売却」に設定する場合の売却理由として、どんな理由が「良い理由」、どんな理由が「悪い理由」に聞こえやすいか、そして、売却理由の聞こえ方次第で「創業者利潤にどんな影響」が生じるのか、を説明させていただ...

       

    • 「同業他社に売りたくない」はM&A会社売却で不利になる?
      オーナー社長は、数十年といった長期間、競合他社(同業)と凌ぎを削って、ときに不快な思いをしつつ、ときに競争心を成長の糧として、なんとか生き残り、少しでも事業を拡大すべく努力を継続し、いくつもの壁を乗り越えてきたはずです。 特に、知恵...

       

    • M&Aにおける双方代理リスク
      双方代理リスクとは? 双方代理は原則禁止 双方代理は民法108条で原則として禁じられており、例外的に両当事者(本人)が事前に了解している場合にのみ許容されます。M&Aで会社売却を検討するセルサイドオーナー(売り手)は、...

       

    • アーンアウトと逆アーンアウト
      2019年に企業会計基準第21号「企業結合会計基準」が改正されました。「対価が返還される条件付取得対価の会計処理(逆アーンアウトの会計処理)」が今まではっきりしていなかったため改正されたようですから、なぜか会社売却の対価として受領したキャ...

       

    • M&A会社売却の破談リスク:COC条項とは?
      チェンジオブコントロール条項(COC条項:Change of Control条項)とは、M&A会社売却を実行することで、経営権(支配権:Control)が、今までのオーナー(売り手:セルサイド)から、第三者(買い手:バイサイド)に...