2020
03.03

キラー買収やキルゾーンの功罪

M&Aで会社売却をする心構え, M&Aのお金(価格・税金), M&Aのスキーム, M&Aのプロセス

最近、M&Aの事後的な効果として「キラー買収(Killer Acquisitions)」や「キルゾーン(Kill Zone)」といった呼び方をされる特殊な効果を含むM&A取引が増えてきていて「これらは望ましい経済行為ではない。対策が必要。」というこれらの抑制を求める主張が一部で展開されてます。

なぜ、バイサイド企業は、キラー買収キルゾーンといった、自分に不利になりそうなことをするのでしょうか?

なぜ、多額の資金を投じて買収したターゲット企業の潜在価値を引き出そうとせず、むしろ、潜在価値を握り潰そうとするのでしょうか?

日本の中堅中小企業セルサイドオーナー(売り手)も、この構造や背景を理解しておくと、直接・間接に不測の損害を回避できます。モッタイナイM&Aをしないためのヒントが隠れています。

用語定義

キラー買収とは

キラー買収とは「ターゲット企業(売り手企業)に顕在・潜在するポテンシャル(実現しようと思えば実現するはずの新事業の成果)を、M&A後に、バイサイド企業(買い手企業)が、自ら潰す行為を含むM&A取引」と整理できます。

キルゾーンとは

キルゾーンとは、「圧倒的規模を誇るバイサイド企業が、ある事業領域で、あるターゲット企業を買収すると、その事業領域で新規参入しても勝ち目がなくなるという強烈なメッセージとなると見越して、バイサイド企業が新規参入者をけん制するM&A取引」と整理できます。

キラー買収キルゾーンのいずれも「完全競争から外れた競争環境で事業展開する方がより確実に多く儲かる」という経済学の常識を活用したM&A取引の類型です。

キラー買収をする動機

キラー買収の場合、例えば、このような動機が隠されているはずです。

バイサイド企業A社は、需要Bに対応する商品Cによって、重要な売上収入を確保していて、今後もこれを柱に生き残っていきたいと思っているとします。

同じ需要Bに対応する商品Dを新しい技術を使って開発し、これから商品Cの売上を奪っていこうと考えているターゲット企業E社が登場しました。このまま市場に放置すると、バイサイド企業A社の虎の子の商品Cの単価と販売数量に大きなダメージが生じると予想されているとします(それだけ商品Dは一般消費者にとっては安くて良い商品ということも意味します)。

ここで、当然、バイサイド企業A社は、危機感を感じます。

ターゲット企業E社を買収するために必要な現金は1,000であって、買収しない場合に失う将来の利益が10,000だとしたら、バイサイド企業A社にとって合理的な行動は、ターゲット企業E社を買収した上で、商品Dを握りつぶす(お蔵入り)ということになります。

これが、キラー買収(企業外部の競争排除目的)です。

米国企業のように「企業価値を高める」というゴールを全員で共有している場合、「キラー買収という手段で、自社の競争環境を有利にし、もってより長い期間生き残り、超過利潤を長く太く得る」という選択をする方が、経済合理的なので選択されただけです。

典型的には、巨大デジタル広告収入関連企業(GAFA等)が、新技術を使って一般消費者が集まる新しいサービス(検索、SNS、動画、チャット等など)を開発したスタートアップ企業を、圧倒的巨額の対価で買収し、自社の既存サービスを維持するために、買収した新サービスを闇に葬り去るという行為です。

日本のセルサイドオーナーに注意してもらいたいのは、この一般的なキラー買収の動機や効果は、多くの日本企業にはあてはまらないという事実です。

なぜなら、日本の多くのサラリーマン社長・役員・従業員にとって、所属する企業とは、第一に「自分とその家族の生命維持装置」であって、所属する企業の企業価値を高める等といった、外部者の利益最大化目標よりも、生命維持装置の恩恵を受ける順位、社内地位を向上したい、強い動機があるからです。

ちなみに、日本人が特殊な人間ばかりというわけはなく、米国人も根源的ニーズは同じで、「自分と家族のため」ですが、米国企業の経営者は「自社の株価が上昇しないと昇給しない、下がるとクビになる仕組み」になっているので、日本と異なって社外の株主利益を優先する方が、自分の得になるというカラクリがあるだけの違いです。

創業後、時が流れ、社長も4代目5代目と続き、規模も大きくなるにつれ、人間の性として、どうしても官僚組織化派閥化していきます。株主利益の最大化という外部との緊張関係で規律化されていない日本の大企業内では、しばしば、例えば、役員の椅子を狙う部長Aと部長Bの間で足の引っ張り合いをする方が、企業価値を高めることよりも、当事者(部長Aと部長Bと、その上司の役員やその部下たち)にとって優先すべき事項となり、当事者にとっての合理的行動になるのでしょう。非常に強力な動機なので、法律等で経営者の義務の強制力を高める等の対策を講じない限り変わらないと思われます。

こういうケースでは、次のような動機で疑似キラー買収が発生します。

セルサイドオーナーAが保有するターゲット企業B社を、「この会社はみんな知ってる有名で大きな会社で、自分の事業もよく知っている同業だし、上場もしている老舗企業。自分の会社を任せて安心だ。」と同業のC社に売却した。この時の担当役員はD氏だった。買収後、例年通り、組織図が少し変わり、D氏とライバル関係にあるE氏が、B社の管理を担当することになった。B社が、買収交渉時の目論見通りに伸びていくとD氏の手柄となってしまうと危惧したE氏が、B社に眠る潜在価値が発揮されないように工作した。結果として、B社は、C社の役員間の抗争の道具として使われ、せっかくの潜在価値が花開くことなく、どこかの事業部に吸収され消滅してしまった。残念すぎる、あるあるモッタイナイM&Aのパターンです。

これも、日本風のキラー買収(企業内部の競争排除目的)と言えると思います。

もちろん、せっかく手間暇かけて買収した以上、買収対価以上の成果を出すべく、誠実に必死に努力するバイサイド企業もたくさんいるでしょう。一方、買収が目的化し買収手続き完了後は放置したり、そもそもの買収目的が社内外の競争を緩める(ライバルの追い落とし等)ことを通じて担当者個人の有利なポジションを構築するための道具にすることであれば、そもそもターゲット企業の成長等は期待してはいけなかった、というケースすらありうるわけです。ちなみに、こういうケースで、適正価格(フェアバリュー)で株式譲渡できるケースは稀で、むしろ適正価格を大きく下回りやすいのですが、残念なことに日本の中堅中小企業のM&Aの価格調整機能は歪んで発展しているので、M&A業者がバリュエーション理論から逸脱した「相場」という価格で取引すると、安値売却に陥りやすい点もセルサイドオーナーにとって重要ポイントとなります。

知らないと損するポイント

よくバイサイドからの視点で「M&Aは失敗するケースの方が多い。」と言われ、「価格」とか「のれん」等ばかりにマスコミが焦点をあてますが、実は、バイサイドの「意欲」(=キラー買収(企業内部の競争排除目的))に問題があったケースも意外と多いのかもしれません。

買収が失敗したのは、「価格」(高値掴み)か、「能力」(ターゲット企業を経営する能力がない)か、「意欲」(ターゲット企業の経営をする気がない)のいずれかに問題があったのでしょうから。仮に当事者にアンケートをしても、本音は永久に闇の中です。推測するしかない性質のものですが、企業価値向上のためリスクテイクしたり努力するよりも、前例踏襲、横並び、なにより維持と安定重視のバイサイド企業の場合、「価格」よりも「能力」と「意欲」の方に問題があって、M&Aが失敗したのかもしれません。意外と多いと思います。

さて、これから虎の子の自分が育てた会社をどのように売ろうか検討しているセルサイドオーナーとしては、自分個人の利益を最大化するため、安心して最終責任者の立場から離れるため、「立派な同業B社への売却以外の選択肢」を限界まで探し出したうえで、客観的・合理的に比較して決めることが重要です。

最終的に決める1社が最適であればよいのです。

例えば、せっかく育てたユニークな強み、これから飛躍するかもしれない新事業の種一定規模の事業基盤を持っている会社なのであれば、こういう方法も検討すべきでしょう。モッタイナイM&AではなくアマストコロナイM&Aを実現できるかもしれません。

  • 売るのではなく買う側に回る(異業種や投資ファンドから資金調達)
  • 投資ファンドに部分売却の上、上場を狙い、上場時に最終Exitする
  • 異業種(顧客基盤)と自社(新技術)で全く新しいニッチ市場を創造する

大きい(金を持ってる)&同業(説明しなくても済む)を強く推奨されても、即座に決めてはいけません。モッタイナイM&Aになりやすいのがこのパターンです。実は、価格が安いし、売った後も放置されたり吸収消滅してしまうリスクが高いからです。一般に、同業事業会社は、経営方針等でゴタゴタしたくないので、100%買収を好みます。つまり、部分売却後、潜在価値を実現した後に、残した株式を改めて売る(二段階売却やアーンアウト)という技も使わせてもらいにくい点もネックです。

あらゆる競争環境買収動機までチェックした上で、最適な譲渡先をみつけましょう。セルサイドにとって最大の満足を得るためには、柔軟にプランを練ることがとても大事なのです。

経済、市場、事業、経営、金融、M&Aスキーム、バリュエーション、DD、財務、税務、法務、労務に精通し、交渉に長けたM&AアドバイザーをM&Aバンカーと呼びます。当然、M&Aバンカーは例外なく片手報酬で、バイサイドから報酬をもらわず、「セルサイドと同じ舟に乗る絶対的味方」になってくれます。

絶対的真理として、価格はどうしても利害がぶつかる交渉要素です。自分と同じポジションの専門家を横に座らせて健全に誠実に正々堂々戦うか、たった1人で全員が敵の中で不利な戦いで負け戦に甘んじるか(=友好的M&Aと称する実質競争回避は、セルサイドのみが不利になる一種の競争(特にM&A仲介会社が有利になる不完全競争のスタイル))です。

信頼できるM&Aバンカーは、二人三脚で山頂を目指す参謀になってくれるでしょう。一生に何度もない山頂を拝むチャンスです。アマストコロナイM&Aを目指してください。

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